昔のままの出前ではだめだ

私の住まいする周辺では以前ほど出前をする人の姿を見なくなりました。
お寿司屋さん、うどん屋さん、飯屋さんの姿をかっては見かけたものですが、最近はとんと見ません。
新年になってからはまだ一度も見ていません。
社会構造が変わってしまったのでしょうか。
出前までして食べる物がなくなったのでしょうか。
お店屋さんは出前はしたいのだが、配達手がいなくなったせいでしょうか。
いやいや,一つや二つの原因で出前の姿を見なくなったのではないと思います。
目を凝らしてみると、日本の社会現象を映し出している鏡のようにも見えます。
少子高齢化現象で配達人がいなくなり、おまけに店主も高齢化して70歳代そして出前を取って食べるという趣味人も減ってゆきました。
さらにデフレ経済が追い打ちを掛けます。
高くつく出前は取れません。
お寿司を取るくらいなら、近くの回転ずしへ出かけて行って食べたほうが安いお金で腹いっぱいになります。
うどんだってそうです。
出前を待っている間に、近くの全国チェ-ンの店に車を走らせた方が安くて便利です。
その上24時間ス-パ-やコンビニの品ぞろえが豊かになってきました。
安かろう拙かろうの時代を潜り抜けて、消費者が満足できるくらいのお寿司やお弁当類を提供しているのです。
出前の存在意義というより必要性がどんどんと減退しているのが今現在の姿です。
この傾向は何処まで落ち込むのでしょうか。
もう一つ大事なことを忘れていました。
出前をするお店屋さんの後継者不足です。
今の店主さんは、言葉は悪いですか前期高齢者の方が大半だと思います。
上手く息子さんに引き継げるお店になっていればいいのですが、世間をぐるりと見渡して後継者が育っているというお店は幾つもありません。
こうしたお店は、たとえ江戸時代から暖簾をつなげて来ても、平成の世で残念ですが途絶えてしまうわけです。
人口減少の世の中はこういうことなのでしょうか、寂しい思いがします。
しかし経済社会全体では出前は宅配と名を変えてどんどん増えているのです。
ス-パ-はおろかコンビニも宅配に力を入れ始めました。
お寿司屋さんやうどん屋さんと同列に捉えるにはやや無理があるかと思いますが、個店が生き残るための参考にはしなくてはならないと思います。
組織化すること、協同組合化すること、ネットショップ的取り組みをすること、複数の商品を提供できること、個性を出すことなどに挑戦することが必要です。
一番の問題は、意欲があり気力が充実しているかどうかということです。
話は変わりますが、輸出企業は円高で血の滲むような努力をして生き残っています。
出前を扱うお店が輸出企業に匹敵する努力をしているとは思えません。
ぬれぞうきんはまだまだ絞れると思います。